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(石倉刀著第2話から引き継ぎ)
弥生との久しぶりの再会。新宿のホテルのラウンジでの待ち合わせ。ほのかな明かりを発するランプが妙にエロチックに感じられる。猫崎はコーヒーを啜るように飲み、舌舐めずりをした。ラウンジの時計が待ち合わせ時間の夜0時の合図を告げる。猫崎は入り口のドアが弥生によって開かれるのを心待ちにしていた。もうすぐ弥生が来る。どんな顔で弥生は来るのだろう。いつものように頬を寒さに赤くしてやってくるにちがいない。その頬がこのラウンジの薄暗いランプに照らされてまた一段と妖艶な感じを出すだろう。猫崎は身震いするようにポケットに手を入れた。なんとはなしに。すると、何か乾いた感触が猫崎の指先をかすめた。「おや?」ごそごそと取り出してみると一枚の紙が。紙には汚い字で「別の所」と書いてあった。いつのまに入っていたのだろう?猫崎はコーヒーを口にふくみ、すぐさまタバコに火をつけた。タバコの煙が低い天井へと真直ぐにあがっていく。天井を見上げながら、このどこか特徴的な、なにか嫌な感じをあたえる字のことで頭が一杯になった。「別の所・・・」まさか弥生が別の所へ?!猫崎は上着の内ポケットから携帯を取り出すと弥生へ連絡した。弥生は電話に出ない。2度の最発信の後、猫崎は確信した。この字を書いたヤツが誰かを。猫崎はグイッとコーヒーを飲み干した。心はすでにヤツの顔で占領されている。「キムだ・・キムに違いない。また新宿に戻ってきやがった」猫崎はゆっくりと席を立った。上着のボタンを閉める。フラッシュバックのようにキムの顔が浮かんでは消えていく。2年前の歌舞伎町での対決の時に確かにしとめたはずだ。確かにしとめた・・。キムの胸に突き立てたナイフの感触は未だに忘れられない。そういえば、さっきのぶっかってきたホテルマン・・。
猫崎は走った。自慢の長い黒髪を振り乱しながら。ロビーに立つ猫崎。そこにはもう例のホテルマンの姿は無い。「くそー!!」自分のふがいなさに腹がたつ。しかし夜の人気の無いロビーで空しく叫び声は響くだけだった。弥生が・・・。弥生がキムに連れ去られた。あの冷血なキムに。新宿のグリズリーと言われたキムに。
「別の所・・。別の所と言われても分らない。キムの事だ、また俺に挑戦しているつもりなのだろう。この謎を解かなければ・・。」猫崎は今日のためにとっていた部屋のカギをフロントに返すと、すぐさまタクシーを呼ばせた。どこに行っていいのかも分らないが、この場にじっと立ち尽くしているよりはマシだ。「また頭のネジがはずれそうだぜ!」猫崎は頭を掻きむしった。頭にネジがあるわけではない。しかしイライラするとこのフレーズが口から出てしまう。小学校からこの口癖が治らない猫崎は、同級生に「ネジ崎」と呼ばれることもあった。そのアダナを言われる度に何度もネジをはずして怒り狂った。ネジが外れた時、それは恐ろしい猫崎が姿を現わす。誰にも止められない狂犬猫崎が。
表玄関に猫崎が出ようとした時の事であった。フロントマンが呼び止める。「猫崎さま」「なんだ?」フロントマンは一つのメモを手にしている。「これをキムさまという方から承っております」どこまでバカにすればいいのかキム。またメモをよこしやがった。フロントマンからメモを奪うように取ると、髪を掻きむしりながら見る。メモには「1755」の文字。「1755?」なんの数字だろう?
「おい、このホテルに1755という部屋はあるのか?」「いえ、このホテルにはそのような部屋はございません」困った顔で答えるホテルマン。少しばかり猫崎の勢いに押されているようだ。「くそー!!」猫崎は吠えた。まさに吠えた。ネコ崎のくせに犬みたいに吠えた。しかしその声は、負け犬の遠吠えにも似た悲痛さを感じさせた。
翌日、猫崎は歌舞伎町の雑居ビルにある自分の部屋で頭を抱えていた。謎が解けない、そればかりかキムから強迫も何もない。もちろん弥生からの連絡も無い。今こうしている間にも弥生は・・・。「くそー!」机を叩くと灰皿が床に落ちた。カランカランと空しい音をたてて。キムの目的は何だ?2年前のあの事件のようにまた幻の戯曲を要求しているのか?幻の戯曲『深海戯夜』を。ならば戯曲は獏山先生のもとにある。「なぜだ?なぜ、弥生を?」落ちたままの灰皿を拾うことなく猫崎はタバコに火をつけた。弥生を人質に戯曲『深海戯夜』を要求するのか?いや、それとも獏山先生の隠れ家を聞き出すつもりなのか?
タバコの灰が床に落ちる時、猫崎はキムの陰謀がうっすらと分かってきた。キムは『深海戯夜』を演じるつもりだ。幻の戯曲『深海戯夜』は「紅天女」とはる伝説の戯曲だ。おそらくこの戯曲を闇の劇場で演じ高い入場料をとるつもりだ。そして弥生には演出をさせるつもりだろう。闇の劇場界では弥生の演出力は力をもっている。「闇の宮本亜門」と言われたことのある弥生のことだ、それはそれは素晴らしい演出をみせるだろう。弥生を奪い、そして「闇のアクター」といわれる俺より素晴らしい演技をするのが目的だろう。キムは「演技も一流、殺しも一流」の「闇のアクター」の称号を奪いに来たのだ。すべては2年前のあの事件から始まった。
2年前、猫崎は「闇のアクター」として活躍していた。表向きは役者、そして裏ではその演技力をいかし殺しもする。黒社会で舞台公演を行い、その多額のチケット代で儲ける。「闇のアクター」は金になる仕事だ。そう、猫崎は2年前『深海戯夜』の主役をめぐりキムと戦ったのだ。「闇のアクター」の主役は「殺し合い」で決まる。猫崎はキムにとどめを刺し、みごと主役を勝ち取った。それとともに多額の公演収入、そして闇社会からの幾多の殺しの依頼を受ける権利を得た。今、復活したキムが猫崎を出し抜こうとしているのは明らかだ。
「闇のアクターの名を奪うためか・・・」猫崎はつぶやいた。合点がいく。とすれば獏山先生のもとにキムは行っているかもしれない。猫崎は高尾山にある獏山先生の隠れ家に急いだ。
高尾山の奥地にある獏山先生の館にたどり着く猫崎。久しぶりの登山のためか息があがっている。館の前にパトカーがとまっている。よく知ったパトカーだ。「中村警部補のやつ・・もう感づいたか・・」猫崎が館のトビラを開こうとした時、何度も何度も見てきた中村の顔が隙間からのぞいた。「なんやお前もきたんか?猫崎」相変わらず下品な関西弁だ。「おまえなーいつまでも闇のアクターなんかやっとらんで、しっぽ出さんかい」「中村さん、あんたなんでここに?」「わかっとるやろ」二人の間に、妙な空気が流れる。なにか事件があるたびに中村とは一緒になる。お互いいがみ合いながらもどこか親友めいた感情が沸き上がる。「キムやろ・」「・・・」猫崎がゆっくりとうなずくと中村もニヤリとした。相変わらず下品な笑顔だが見なれてきたな・・。猫崎は鼻で笑った。中村はこう語った。獏山先生の『深海戯夜』が狙われているのは分かった。だから俺が獏山先生の弟子かのように見せ掛けて捜査にあたる。キムが現れたら即逮捕だ、と。「わしの顔はキムは知らんからな」ほくそ笑む中村に猫崎は胸を小突きながら言った「ぜったい渡さないでくれよ」。猫崎は中村とニヤリと笑いあうと、獏山先生の部屋にあがろうとした。「おい、猫崎。獏山先生は今おかしくなっとる・・なぜだかは分らんけどな。」「おかしいって?」「キムの名前を出したら顔色がガラッと変わったで・・あれはワシにはわかる。他のヤツにはわからんかもしれんが、長年のカンやな。」
うすくらい獏山先生の書斎。猫崎は懐かしさを感じながら靴を脱いであがった。「お久しぶりです先生。」「おー猫崎か・・元気にしとったか?」「はい、先生もお元気そうで」「何年ぶりだ」「2年ぶりです」猫崎は懐かしい部屋を見渡した。2年前の『深海戯夜』の練習はここでやった。獏山先生みずから演出を受けた。思えばキムもここで演出を受けたかったに違いない。その執念が今こうして俺に襲い掛かっている。猫崎は懐かしさに耄けてばかりもいれずに話をはじめた。「キムが生きてます」「うむ、中村くんから聞いたよ。」「先生の『深海戯夜』を狙っていることも」「ああ、知っとるよ。しかし大丈夫だ中村くんに守ってもらう」獏山先生の顔には変化は無い。中村が言っていた顔色の変化とは何なのだろうか?猫崎は獏山を凝視した。しかし少し老けたことしかわからない。なにかあるのだろうか?ふと、獏山の後ろにある懐かしいものに目がとまった。鉄仮面だ。獏山先生は演出するときには「表情ではなくて、魂が大事だ」と言って鉄仮面を役者に被せる。もちろん猫崎も2年前にはこれを被った。苦しい苦しい練習だった。「なんじゃ懐かしいか?」「はい、『深海戯夜』のあのセリフを思い出します」「明日、嵐が来たら、船は出せねえな・・か。」「はい、あのセリフがどうしても感情を込めることができなかったことを思い出しています」獏山も懐かしそうに目を細めた。「一平役はお前しかできなかっただろうとあの頃は思っていた。しかしじゃ、今思えば当時やぶれたキムにも可能だったかもしれんの」「なぜです」「うむ・・・・いつかお前に話す時がくるだろうキムと『深海戯夜』の秘密をな」中村警部が言っていたことはこの事だったのだろうか?キムが執拗に『深海戯夜』を狙う秘密もここにあるのかもしれない・・。猫崎は獏山先生の瞳の奥に何か隠し事があるとは気付きながらも、その時はそっとしておいた。彼ももう98歳、墓場まで持って行きたい秘密もあるだろう、もしくは墓場に入る前にその秘密を話してくれるかもしれない。もうそろそろボケてもよさそうな歳なのにキリッとした目をした先生。書斎ではゆっくりとした時間が流れる。「中村君にもな・・・鉄仮面を被ってもらおうと思うんじゃよ。いくら守衛のためとはいえ、弟子に見えぬと困るのでな。鉄仮面を被ってもらうよ」中村も幸せなヤツだ。まさかあの伝統の鉄仮面を被れるとは。まさかあの獏山先生のアンドゥトワッ演出法を目のあたりにできるとは。猫崎は獏山先生との面会を終えた。館を出る時に、再び中村が呼び止めた。
「猫崎、先生の顔色みたかいな?」「まあな、しかし何も分らなかったよ。ただ、キムとは何かありそうだな。」「そうやろ、そうやろ。後な、この前、不思議なことに先生がキムのことかばいよったで」「何だって?」「先生がな『キムばかりが悪いんじゃない』だとよ。」中村と猫崎の間に何か不思議な時間が流れた。あんなにまでキムの事を嫌っていた先生が・・・。「とにかく・・お前はしっかりと『深海戯夜』と先生を守ってくれ。ちゃんと弟子らしく一平役のセリフも覚えたフリしろよ」「ああ、わかっとるがな、『明日、嵐が来たら、船は出せんわい』やろ」「違うよ『出せねえな』だよ。」二人の笑い声が高尾山に響いた。中村は下山しようとする猫崎に自分のコートを脱いで渡した。「これもってけや」「何だよ?」「お前に着て欲しい。友情の証やね。」「もらうのは嫌だから借りとくぜ」猫崎はあんなに憎かった中村のことを少しばかり好きになった。
(続き)
その夜、猫崎は再び歌舞伎町にいた。歌舞伎町の明治通り沿いにある広場へ急いだ。広場には、多くの労働者たちが集っている。夜から次の日の工事現場へ連れて行ってもらうためにここに集まってくるのだ。猫崎は広場の中央にあるベンチに座り労働者達の顔をじーっと見つめだした。「デン助・・・」何度も見渡すが彼の姿は見えない。困った時にはあいつの勘が頼りだ。デン助とも2年前の事件から会っていない。困った時だけ会うのが約束だ。3本ほどタバコを吸い終えた時に、地味な声が聞こえた。「兄貴?」デン助だ。彼は豆をぽりぽり喰いながら、労働者の人込みの中から歩いてきた。「久しぶりだな」「水臭いすですよ。だいたい情報屋から話は聞きました。」相変わらず豆が口の周りに付いている。豆の喰いカスではなく豆が丸いまま付いている。どんな粘着質なだ液だのだろうか?「今、謎が解けないんだ・・キムからの謎だ」「まかしてくださいよ兄貴」何も考えていなさそうな顔だが、こいつの嗅覚ばかりは侮れない。謎を解く嗅覚。猫崎は「別の所」と書かれたメモと「1755」のメモを渡した。「まかしてください!謎は大好きです!」デン助はメモを豆だらけの手で握り締めてまた広場の労働者の人ごみに消えていった。普段は土木作業員をやりながら体を鍛えている。侮れない男だ。猫崎は広場を後にした。頭のネジはいつしかキュルキュルとしまり出していた。2年前のあの時のように頭が冴え出していたのだ。
歌舞伎町のネオンが猫崎を照らす。風が冷たい。猫崎の髪もなびいている。猫崎は少しばかりの安息を迎えるために、ねぐらへ帰って行った。非常階段を登り、ドアのノブを回した時、何か寒気を感じた。猫崎はそっと上着から銃を取り出し、そのドアの奥の暗闇へ足を忍ばせた。暗闇の中で何かが動く。ゆっくりと、挑発するようにゆっくりと。「キムか?!」叫ぶも返事は無い、しかしあきらかに何かが動いている、ゆっくりと。「フフフフフフ」どこか聞いたような、それでいて少しばかり耳障りの悪い笑い声。一瞬、弥生の顔が浮かんだが弥生はこんな笑い方をするはずがない。「フフフフフ」繰り返される女性らしき声。猫崎は壁のスイッチに手を伸ばし、銃をかまえたまま明かりをつけた。蛍光灯の白い明かりに照らされて浮かび上がったのは、やはり弥生だった。「や・やよい!」「フフフフフ」弥生が今そこにいる。なぜだ?なぜキムにとらえたれた弥生が!しかし、弥生は普段とまったく違う雰囲気をかもし出していた。あの弥生が化粧を・・初めて見る光景だった。青森から出てきた田舎娘の弥生が化粧をしている。それにいつもの純朴な笑い声ではなく妙に大人びた笑い声。いつもの真っ赤な頬は無惨にも白いファンデーションに消されている。猫崎はすぐさまキムの存在に気付いた。ヤツはマインドコントロールの天才だ。弥生は操られている!「そこか!」猫崎はカーテンに銃口をむけた。ゆっくりとカーテンの後ろから男が出てくる。キムだ。
「猫崎・・久しぶりだな」そう言うとキムは弥生の首に手を回した。愛撫するかのようなキムの手。「どういうつもりだキム!」「ふふふふ、弥生に演出してもらおうと思ってね。『深海戯夜』をね・・ふふふふふ」「キム!そこまでして闇のアクターの称号が欲しいのか!」「ああ欲しいとも・・ふふふふふ」猫崎が引き金を引こうかとしたその瞬間、弥生がその変わり果てたキャバラ嬢のような笑顔のままキムの前にたった。「猫崎さん、ワタシはキムを演出するわ。」「しっかりしろ弥生!」「しっかりしてるわよ猫崎さん」弥生の目がウツロだ。猫崎はグッと唇を噛みしめた。普段なら「猫さん」と俺のことを呼ぶのに、「猫崎さん」だとは。愛着のあるその言葉が弥生の口から出てこないもどかしさが猫崎の頭のネジをゆるめだしていた。「あーネジがはずれるーーー!」猫崎はすでに「ネジ崎」になってしまっていた。指が止まらない。鈍い音がして銃口の先から硝煙がくゆらんだ。キムを狙ったつもりだった。しかし、しかしだ。弥生は足をフレンチカンカンのようにキムの前に出している。なんてこった弥生の足に当てちまった!「フフフフフ」しばしの静寂の後、弥生は笑い出した。何ごともなかったかのように。キムがニヤリと笑って弥生の足を愛撫のようにさする「痛みを感じないのだよ・・ワタシがコントロールするとな、ふふふふふ」血は流れている、が、なぜ血が落ちているのか分らない気さえする。平気な弥生の顔を見てるとまったく理解しがたい。これは何かの夢なのか?!「猫崎、もう『深海戯夜』は頂いた、既にね。あとは練習するだけだ・・」「なに!」中村からは何も連絡が無い。獏山先生のもとから奪われたという報告が無い。なのに何故?キムは弥生の足を今にも舐めんとばかりにさすりながら言った「『深海戯夜』は一つでは無い」と。一瞬まばゆい光が猫崎をつつむ。目がくらむ。ほんの数秒だが、目がもとどおり見えるようになるころには、二人の姿は無かった。ただ弥生の血が床に飛び散っているだけだった。
猫崎はすぐさま中村に電話をした。すでに就寝しているかと思われた時間だが、すぐさま中村は電話に出た。「なんじゃい、われー」「おい、今キムが現れた」「・・何?」電話の向こうで布団から這い出るような音が聞こえ中村の声ははっきりとした声になった。「『深海戯夜』は無事なのか?」「ああ無事やがな。絶対に渡さへんで」「キムがな、もう『深海戯夜』は手にいれたと言ったぞ」「・・何?」電話の向こうで布団をたたむような音が聞こえ中村の声は再度はっきりした声になった。「わかったがな、すぐさま先生に確認するさかいに」ガサガサという音が聞こえたかと思うと、中村のドカドカと不躾な足音が聞こえた。下品な男ほど、こういう時にたよりになる。なんていったってあの獏山先生をこの時間に起こすのだから。返事を待つ間、猫崎は弥生の血を指でなぞっていた。床に血で「別の所」「1755」と書いてみる。何かヒントがあるはずだ・・・。デン助が頼りだ。しばらくすると中村のドカドカというよりももっと大きい足音が聞こえた。「おい!猫崎!『深海戯夜』はまだここにある・・しかし、しかしな『深海戯夜』のコピーがあるらしいで」「何?」「何やら、キムはコピーをもっとるらしい、本物のコピーかどうかはわからんけどな」「なぜ門外不出の『深海戯夜』のコピーが?」「それがな獏山先生が『アイツならもっとってもおかしくない』だとよ、それ以上は言ってくれなかった」猫崎は頭の中が混乱しだした。「アイツなら・・?どういうことだ・・」猫崎に一つの考えが浮かんだ。もしかしてキムと『深海戯夜』の関係は・・・。中村との電話を切ると猫崎は戦いの準備を始めた。近い内にまたキムと会うことになる。必ず。会わねばならぬ。会わねばストーリーが進まない。会わないとこれ以上長々と書かなければいけない。
猫崎の電話が鳴る。デン助からだ。「兄貴!謎が説けました!明日朝六時に東京駅に来てください」「わかった」猫崎はあと少しばかりの睡眠時間を考え準備をして寝た。準備して寝ないと不安な性格なのだ。
明朝六時、東京駅の銀の銀杏広場で待つ猫崎。デン助が現れた。意気揚々とした足取りだ。もう一人の連れがいるようだ。「誰だ?そいつは?」「あっこれは情報屋の横山です」紹介されるとニへニへとその男は出っ歯を出して、笑いながらこう言った「ヘイヘイ!アッシ横山でやんす!ヘエ」なんて人間だ?古いなーと猫崎は心の奥底でつぶやいた。さらに横山は「ナハナハ」と得意のもの真似を見せてくれた。猫崎は今度は口に出してつぶやいた「古いな−」。銀の銀杏広場で集まった3人の男、こんな面子で果たしてキムを倒すことができるのだろうか?猫崎は昨日の電話から気になっていた謎をデン助に聞いた。「猫崎さん、別の所ですよ、別の所」「だからどういう意味だ・・?」「別の所・・・別の所・・・別所(べっしょ)ですかねー」ニヤリとデン助が言った。「そうか別所か!」そういえばキムは内田康夫の推理小説が大好きだ。内田康夫がよく描く「長野で浅見探偵が活躍する」小説が大好きだ。その中でも「別所温泉」を扱ったものが好きだと2年前の『深海戯夜』オーディションで言っていた。謎は解けた。別所に弥生とキムはいる。そこで『深海戯夜』はリハーサル中に違いない。「ん?じゃあ1755は?」猫崎の素朴な疑問にニヤリと答えるデン助「『1755』これは17時55分ですよ。兄貴。」「なぜ時間なんか?・・・・そうか!そういうことか!17時55分の長野行きの新幹線ってことか!」そういえばキムは時刻表が出てくる類いの推理小説も大好きだと言っていた。なるほど合点がいく。その新幹線にのれば何かがあるに違いない!しかし、しかしだ、何月何日の新幹線に乗ればいいんだ?「おいデン助、これ今日の新幹線でいいのか?」「はい、横山が言うには17時55分の新幹線がよく空いてるから指定したのじゃないかって言ってます」田舎くさい横山が話しだす。「ヘエ!ヘエ!あのですね兄貴、キムはおそらく体を休めつつ別所に来るようにと伝えたかっただけだと思いますでゲスネ。だから空いてるこの便を薦めたんでゲスヨ。指定券買わなくても座れますからね」そういえばキムは節約家で有名だ。決してグリーンや指定席には座らないというのは有名だ。なるほど合点がいく。しかし、しかしだ、ここまできて猫崎は急に不安になった。「本当にヤツは別所にいるのか?別所のどこにいるんだ?」すると横山が汚い口を開いた。その口から語られるものは驚愕の事実だった。「あのでゲスネ、アッシ長野の別所温泉出身なんですよ。それだからこの秘密も分かって、それをデン助さんにお伝えしたんでゲスヨ」なんてこったデン助ではなくほとんどが横山の手柄だ。さらに驚愕の事実は続く「それでゲスネ、キムさんの住んでる所も知ってるんでゲスヨ。中学で同級生でしたから」「何!」「ヘエヘエ、キムさんは今は廃校になってる小学校のさびれた倉庫に住んでます。おそらくそこで『深海戯夜』の練習もしているのではないかと」「でかした!」猫崎は素直に喜んだ。キムの居場所が分かったのだ。「後ですね・・弥生さんって獏山先生の娘ですよ」「何!」まさか弥生が獏山先生の娘だったとは。そうか!キムはやはり俺と獏山先生に復讐をしようとしている。キムの目的がだんだんと分かってきた。「よーしお前ら出発だ!」猫崎が気合をいれた。
「ん?今、朝の6時だろ。どうすんだ17時まで。」猫崎の素朴な疑問。デン助がニヤリと笑って答えた「兄貴、高尾山に行って確認したいことがあるんじゃないですか?」ふと猫崎の脳裏に獏山先生の隠しているであろう秘密が浮かんだ。キムと戦う前に確認しとかねば。ちょうど高尾山まで東京駅から1時間30分、往復で3時間だ。確認のために色々策を講じるとするとして8時間かかるとしたらちょうど17時には間に合う。時刻表トリック的な考え方だ。猫崎はあまりにも推理小説っぽい考えにニヤリとした。その場にいた3人がニヤリとした。
3人は高尾山に行く前に中央線のホームのキオスクで腹ごしらえに肉マンを購入した。デン助は「豆はないか?」とキオスクのおばちゃんに執拗に迫っている。あまりキャラの立っていないコイツには豆でしか自己表現ができない。豆は彼には大事な存在だ。3人は運良く中央線に座ることができ、ホッと一息しつつ発車を待っていた。猫崎と横山はうまそうに肉マンを喰っているがデン助は豆がなかったからか少々オムズガリだ。「おい、もう豆はあきらめろよ」「しかし、ワタシには豆しか・・・」「肉マンにしろよ」猫崎も少々腹をたてだしていた。「マメ・・マメ・・マメ・・」デン助の悲痛なつぶやき。電車の発車のベルが鳴った。いよいよ中央線が走り出す。猫崎は鼻歌でTHE BOOMの「中央線」を歌い出していた。しばしの間、弥生とキムのことを忘れるかのように。その時、何かがホームにばらまかれた。小さいものがコロコロと転がる。「豆だ!」デン助が飛び出してしまった。「危ない!」猫崎が止めようとしたが遅かった。デン助はちょうど締まりそうになっていた電車のトビラに挟まれた。「ぎゃああ!」デン助の悲痛な叫び。猫崎と横山は必死でデン助を引っぱるが中央線のトビラは強い。「おかしいぞ、こんなに電車のトビラがきついわけないぞ!」「そうでやんすね、おかしいでやんす」二人の力をもってしてもデン助は引き抜けない。「グウウアアア!」叫び声がホームに響く。その時、またあの寒気が、歌舞伎町の自分の部屋で感じたあの寒気が猫崎を襲った。「キムだ!」ホームにキムと弥生が立っている。豆がいっぱい入った袋をもって。なんてこったキムと弥生がデン助を殺すために豆をまきやがった。「ふふふふふ、猫崎よ。デン助の命はもらった。先に別所に行ってるよ。」そう言うとキムと弥生は足早にホームの階段を降りていった。新幹線の出発時刻が迫ってるかのようなスピードで、出張のサラリーマンがホームを間違えて隣のホームに走らなければならなかったかのようなスピードで。
「ギャアアアアア!!!!」デン助の声が終末を告げた。デン助はトビラでまっぷたつに切断された。頭から腰までの部分はホームに、腰からつま先の部分は電車の中に残った。中央線が発車した。今、猫崎がデン助として見れるのは腰から下の部分だけだ。変わり果てたデン助。上半身は駅の遺失物管理所に回されるのだろうか?豆が好きだったばっかりに。猫崎は流れる車窓の景色に向かって叫んだ。そこには完璧に頭のネジが外れた「ネジ崎」がいた。「キム!まってろよ!まずは高尾山に行って、獏山先生の秘密を明かす!それから、別所でお前を殺す!」猫崎は泣いた。しかしデン助の思い出があまり浮かばない。それもそのはず、『キャラが薄かった』のだから。横に立ってる横山のほうがキャラはよほど濃い。「こいつがデン助を襲名してくれるなら」と心のどこかで猫崎は考えた。しかし、人が死んだのだ。一応「建て前」で泣かなければ。無理矢理泣こうとしているのでむせび泣きぎみの声しかでない。猫崎は心の中で今後の計画を練った「まず、しばし、泣こう。そんで横山をデン助にしてこき使おう。新しいデン助には車をとりにいってもらって、別行動してもらって・・そうだ!ダイナマイトとか欲しいなー。持ってきてくれたらいいなー!そうそう!獏山先生から二年前の『深海戯夜』の公演祝いにもらった「招き猫キーホルダー」をデン助に渡そう。縁起がいいから車の鍵に付けてもらわなきゃ。とにかく新デン助を活用だ!」猫崎の頭の中でこれからの展開があるていど設計できた。「計算の猫崎」、略して「計崎」の異名をもつだけはある。猫崎はまずは泣こうと自分に言い聞かせた。
(木下著第3話から引継ぎ)
デン助はもういない。この世に生きる生物としての存在はあっさりと掻き消されてしまったのだ。
キムと変わり果てた貴婦人調の弥生に。
あぁデン助、かわいかったデン助。豆が大好物。
「デン助...」
猫崎は真っ二つにされたデン助の体を抱きかかえながら咽び泣いた。
そしておもむろに隣にたっていた横山君に声をかけた。
「今日から君、デン助って呼んでもいい?」
「OKでやんすよ、兄貴!」
新デン助は出っ歯の古いタイプの男であった。
「今から俺が言うこ..おい!デン助!」
「むっ、むっ、まんどべびゃんすか?」
「肉まんは後にしろよ、これから先代のデン助の敵討ち、弥生の奪還などなど色々あんだから。」
「へぇへぇ、熱くならないでやんすよ、兄貴。」
猫崎は仕方なくデン助の後頭部を殴打し、諭すように話し始めた。
「いいか、最初っから説明するとな...」
深夜、莫山の書斎からは男達の低い声が響いていた。
師匠「アン、ドゥー、トゥモロー、はいアン、ドォー、トゥモロー!」
鉄仮面「先生!トゥモローではありません、トゥワッですトゥワッ!」
師匠「なんだ貴様!師匠に向かってトゥワッとわっ!」
鉄仮面「いや先生がトゥワッだからトゥワッと言ったワケではありません。」
師匠「じゃあ誰がトゥワッなんだぁ!いいわけするな!」
鉄仮面「別に誰もトゥワッではありません、僕はただ....」
師匠「ただなんじゃあ!」
鉄仮面「トゥモローではないと言いたかっただけで....」
師匠「ワシに明日がないだとぉー!」
鉄仮面「いやあの、そういうわけではなくて」
師匠「明日は嵐じゃあー!」
鉄仮面「明日、嵐がきたら、船は出せねえなあ」
師匠「お前はもしや...一平?」
鉄仮面「あぁ一平だ。」
「うむ、ちょっぴりブレイクぢゃ。」
莫山は師匠役のつけ鼻を取りながらコーヒーに手を伸ばした。
「なぁ中村さん、あんたにはこの作品はわからんだろう。全く感情が入ってないんぢゃ。しかもアクセントすらおかしいぞよ。」
中村と呼ばれた鉄仮面の男は微動だにせずに、黙って聞いていた。
「この作品の中には何もないんぢゃ、何もないんぢゃよ。」
莫山は自分を戒めるがごとく、声を振り絞っていた。
その時突然鉄仮面の男はご馳走様のポーズをとった。
「なっ、なんぢゃ突然!」
鉄仮面の男はそのポーズのまま軽いワルツのようなモノを踊り始めた。
それは莫山思い出の求愛ダンスだった。
「きっ貴様、何故それを?」
莫山が身を乗り出すと同時に、鉄仮面の男は銃口をその額へ向けた。
(長谷川著第4話から引継ぎ)
「お前は…、一体…だ、誰なんぢゃ…。」
明滅するスタンドの明かり…。莫山の書斎の中央で銃口を莫山に冷ややかに据えたまま
鉄仮面の男は左手でゆっくりとその仮面を脱ぎ捨てた。
「…やはりお前だったのか、キム…、キム・ウェンガ!」
キムは驚愕に身を凍らせて立ちすくむ莫山を嘲笑うかのようにゆっくりと煙草をとりだすと、火をつけた。
さきほどの二人の格闘によって荒らされた書斎に深夜の静寂と冷気がもどり、
二人は揺れる電灯の下向かい合っていた。
「…許してくれウェンガ君。確かに盗まれた戯曲『深海戯夜』は、君の父キム・ウェンジョンの未完の戯曲
『魔人遁走曲』の盗作ぢゃ…。そう、親友であったウェンジョン亡き後、この戯曲の完成はワシの、
ひいてはウェンジョンの悲願であったのぢゃよ。それをワシは完成させた…。
しかし完成が近づくにつれワシは自分の功名心を押さえきれなくなった。
だからタイトルを変え、君の父の名をクレジットから消した…許してくれ…。
ワシはもうどうなってもいい。君の気のすむようにするがいい。だが娘は…、弥生だけは返してくれ…。」
莫山は自らの懺悔を終えると跪いてキムにすがるような目を送った。
するとそれまで莫山を見下ろしていたキムは静かに笑い出した。はじめは堪え切れないかのようなそれは、
激しい哄笑に変わっていった。
「…先生老いたり。というところですなぁ。まったく。私がわかりませんか?」
キムは、いやキムの仮面を被った男は、いままたゆっくりと第二の仮面を脱ぎ捨てようとしていた。
「き、君は…猫崎君!!」
言葉を失って呆然とする莫山を椅子に座らせると、猫崎は二本目の煙草に火をつけた。
「先生、失礼しました。私も実はこの一連の事件の犯人がキムである事を掴んではいたんです。
ですが先生は…、キムをかばうような証言ばかりを中村警部補にするものだから
先生とキムとの間には何かあると思い、こうして一芝居打たしてもらったというわけです。」
莫山はしばらく声も無く金魚のように唇を震わせるばかりだった。
「先生への疑問は解けました。とにかく時間が無い。私はキムのところへこれから乗りこみます。
詳しくはこのメモを。それから中村警部補に連絡を。」
言うが早いか猫崎は窓からデン助にかねてからの合図をおくった。
「猫崎君、あれは…?」
猫崎は不敵に微笑んだ。
「あれは私の相棒デン助が乗っている4tトラックです。アイツめ…バイトの飯場から直で来やがって…。」
猫崎が振り返ると莫山の目には涙が光っていた。
「猫崎君。ワシはどうやら君を誤解しとったようぢゃ。闇のアクターなんぞになりおって…
その腕でもったいないことぢゃ…。
ぢゃがのぅ、今思えば、キムの鉄仮面はもうすこし動きにキレがあったぞい…。うん?」
猫崎は赤面した。「先生を騙せるとは思ってもみませんよ…。じゃ中村警部補によろしく。」
その言葉を言い終わるやいなや猫崎は書斎の窓を蹴破って外の闇に吸い込まれていった。
「うわぁお!兄貴が空から降ってきたでやんス〜!」
デン助の素っ頓狂な驚声が響くとトラックは猛スピードで発車していったようだ。
莫山は書斎に立ち尽くし、猫は化けるもんだ…と独りごちて受話器を取った。
(六角著第5話から引継ぎ)
「ふっ、こんなところで稽古されてるとはあの幻の戯曲<深海戯夜>が泣いてるぜ」
猫崎とデン助はやっとつきとめた、キムが稽古場兼アジトにしている錆びれた倉庫の前に車を止めた。
周りには何も無く、あの名ゼリフ「明日、嵐がきたら、船は出せねえなあ」を練習しているキムの声が闇夜を切り裂く。
「あんなキムでもいったんあの幻の戯曲を手にし、天才女性演出家弥生の手ほどきを受ければ、
闇の世界のアカデミー賞と言われるモノポリー賞の主演男優賞を獲れるかもしれない」と思うと一瞬にして青ざめてしまう猫崎だった。
はたと我に帰ると横ではでん助が万が一のためにそなえて持ってきたダイナマイトをケースからとりださんとしている。
「万が一の場合おれがおまえに合図を出す。そしたらこれを倉庫に投げ込んでくれ。まあ使うことは無いと思うが、
一応合図を決めておこう。これだ.」おもむろに車のキーを抜取り、でん助の目の前に差し出した。
その先には莫山先生からもらった招き猫キーホルダーが淡白に揺れている.
「まさか」でん助の出っ歯の前歯が光った.「そうそのまさかだ。俺も役者の端くれ、莫山先生譲りの招き猫ポーズを
おまえだけのために見せる.それが合図だ。おまえにみせるのはこれで2回目だな」
「うれしいでやんす」でん助は狭い車内で小躍りをした。
そんなでん助をあとにし、静かに車を降り、弥生を取り戻すため、あの戯曲を莫山先生に返すため、猫崎は倉庫へと急いだ。
「もっと熱くやったほうがいいんすかねえ。弥生さん。」
弥生は何も言わず呆けた顔で椅子に座り、キムを睨み付けている。
「こんなに一生懸命やってんだからひとつぐらいアドバイスお願いしますよ」
この幻の戯曲深海戯夜の主役一平の気持ちを文脈だけでは読み取ることが出来ず、
弥生に意見を聞こうと、キムが顔を近けずけると弥生はそのにきびっつらにつばを吐きかけた。
「貴様、天才演出家だと思って優しくしてたらいい気になりやがって」
弥生の胸ぐらをキムがつかもうとしたその瞬間、一発の銃声が倉庫に響き渡った。間一髪でキムは命拾いしたのだ。
キムのこめかみのすぐ脇をとおっていった銃弾は倉庫の壁に穴をあけた。
「この銃錆びてやがる。」イラン人から買った銃は年代モノでなかなかキムにはあたらず無駄撃ちを繰り返す猫崎だった。
「おまえ何故ここが分かった」キムはすぐさま銃を猫崎に向け2発放った。が上手くよける猫崎。
「おまえがよく行く定食屋あいだのご主人に聞いたのさ」「間めー」
頭に血が上り、もう2発猫崎に向かって撃ったその弾は2発とも猫崎の背中に命中した。
「前略松田優作さん。本当に銃弾を受けたら絶対『何じゃコリャ―』って言おうと小さいころから思ってたのに言えなかったっす。
俺だめなおとこっす。優作さんみたく豪快じゃないっす。俺。」
朦朧とする意識の中でそんなことを思っていた猫崎だった。
「そうだこんなときのためにあのポーズを決めたのではないか」
そう思い招き猫ポーズをとろうとする猫崎だったが、ねたままの状態では腕を上げるのが精一杯だった。
全身の力を振り絞りこぶしを突き上げて手首を返す猫崎。
「何やってんだおまえ。これで最後だ。」キムがにじり寄ってきてもうだめだと思った時大きな爆破が起こった。
(坂田著、第6話からひきつぎ)
爆発音から何秒がたったのだろうか。倉庫の明かりは完全に消え失せ、海の底のような闇が倉庫の張り詰めた空気を支配していた。爆発により視覚と聴覚を一瞬にして失った猫崎は残された神経をとぎすました。「あの爆発はもしやデン助が……それとも」淡い期待とそれを覆い尽くす不安が交錯する。耳鳴りが少しづつ治まり聴覚が蘇ってくる。そこに聞こえるのは、ただ闇の音―そんな音はないのだが―。この倉庫のどこかに“まだ”潜んでいるであろうキムの気配はまるで感じられない。そして弥生の気配も。闇の倉庫で今、猫崎とキムは相手を殺すことより、自らの気配を殺すことに全神経を奪われていた。
「オレの銃にはもう弾は一発しかない。ヤツの銃は……オレを捉えた2発と、それたのが2発、そして……」猫崎は一瞬の銃撃戦を頭の中でスロー再生させながら、冷静にキムの残った弾数を計算していた。気配を殺しながら新たに弾を装填するのは不可能に近い、ならばキムも最後の一発でオレをしとめなくてはならない。条件はようやくイーブンだ。弥生のことを除けば。猫崎は闇に目をこらした。「猫なんて名前のクセに…」
猫崎は360度を深海の闇に包まれたまま、自嘲気味に―全く息を使わずに―笑った。
背中を貫通した2発の銃弾による出血と冷や汗が、床にしたたりはじめた。このまま膠着状態が続けばオレに勝ち目はない、せめて、せめて弥生が……。その時だった。
「猫さーん!!」聞きなれた弥生の声が響いた。その瞬間、闇の中でキムが身を翻す気配がした。猫崎は弥生の声の方向から40センチ右の暗闇へ向かって銃を放った。
ドサッと何かが倒れる音とともに、再び静寂が訪れた。
静寂をかき消すように、猫崎に向かって歩いてくるパンプスの足音。弥生が歩いている?猫崎はまだ火薬の匂いの残る銃を構えたまま、呆然と立ち尽くした。
「猫さん?」2ヶ月前の弥生の声だ。猫崎は近づいてくる足音に向かって話しかけた。
「お前、いつから記憶が?」
「ごめんなさい、キムの目をごまかすためには仕方なかったの。」
「じゃあ足も?」
「うん………ゴメン。」
暗闇の中でも弥生の少し照れた笑顔が想像できた。結局だまされてたのはオレのほうか?猫崎はその場にへたりこんだ。アドレナリンがきれたのか背中の傷がうずきはじめた。深くため息をつきながら仰向けに倒れると、コートの煙草をつかみだし火をつけた。火に誘われるように弥生が近づいてくる。猫崎はわざとすぐ火を消すとため息とともに煙を吐き出した。
「怒ってるの?」
沈黙で答え、その答えを沈黙で返す会話。2ヶ月前と何も変わっていない。
倉庫の重い扉が開かれると、うっすらとした明かりがさしこんできた。
ドカドカと不仕付けな足音、中村警部補だろう。右足をひきずるような歩き方はデン助か?「うわぉ兄貴!血ぃいっぱいでやんすね。」素っ頓狂な声でデン助がかけよってっくる。中村警部補はキムの死体と血だらけのオレとまっすぐ立っている弥生を見ると、状況を把握しようと自分なりに必死にストーリーを組みたてている。
「借りたコート、随分汚しちまったけど。」
「そんなんどうでもええねんけど……。」
中村警部補はまだ状況把握に手一杯で、まともな返事ができなかった。
「うひょ?弥生さん!?」
今ごろ弥生に気付いたデン助がさらに素っ頓狂な声をあげた。
「デン助、さっきの爆発は?」
「うへへ、あの合図、そーゆーことでやんしょ?」
あの合図を理解したとは。猫崎の表情がようやく緩んだ。
「外のやつらもついでにドカンとやったでヤンスよ。オッサンにも手伝ってもらって。」
じゃれつくデン助にようやく我に返った中村警部補が猫崎に向き直った。
「そんなんどうでもええねんけど、自分、大丈夫か?」
「このぐらいの傷、大丈夫、でしょ?」
弥生が力まかせに猫崎を抱え起こすと、背中をバチンと叩いた。
「ぐっ……」猫崎のうめき声にデン助が笑うと続いて弥生も笑った。
「さーはやく莫山先生に報告にいきましょう!」
弥生の声に押されるようにゆっくりと歩きはじめた一同を、扉からもれる朝焼けが照らし出した。「朝の太陽なんて見るの……何年ぶりだ?」深海魚たちが、キラキラとした朝焼けの中に消えていった。 ―完―
みなさんご存知とは思いますが、先日行われたライブ「JOVIJOVA 1st collection」、
五月にビデオ化されることになりました。初のコントライブのビデオっつうことで、
今までリリースしてきたビデオには収録されてない、つまりカタチに残ってない、
そしてカタチに残したい、コントライブでのネタから集めたコント集です。
もっともっとたくさんの人に見てもらいたい!ってことで、
入門編的なナンバーから、もちろん新ネタもあったりの90分。気合入れて作ったし、
ライブの出来も納得できるものだったので、お楽しみに!
まぁまた詳しくは発売間近に書くよ。
そんで!今日から久々に猿雑記強化月間!!!嵐の企画ラッシュ!!!
久々にこのページで遊ぼうと思います。まず第一弾は
―『ケツから小説』―
BBS方式って新しい書きこみが上にくるから、下の人の書きこみへの返答とかしても、
上から読んでくからなんか気持ち悪いじゃない、
そこを利用いたしまして、まずオレがラスト―シーンだけ書いて、
メンバーにどんどんその前のストーリーを書いてもらう。
完成したら上から読むから普通の小説、でもケツから進んでく話。
どーなるかわからないけど、とりあえず第一弾企画。
馳星周みたいなタッチのハードボイルドにしようかと思ってる。
タイトルは………。
今から24時間以内にラストシーンを書きます。
お楽しみに!!